レオナルドさんの絵 ― 2004/11/13 08:54
早朝にNHKで放送されていた『世界美術館紀行』という番組(再放送らしい)を見た。英国ナショナル・ギャラリーの絵画修復技術に焦点を当てた内容だったのだが、導入で出てきた話題を聞いて驚いた。ここに飾られているレオナルド・ダ・ヴィンチ(Loenardo da Vinci)の『聖母子と聖アンナと幼児の洗礼者ヨハネ(The Virgin and Child with Saint Anne and Saint John the Baptist)』の絵は1987年にに警備員の制止を突破して入り込んだ男が持ち込んだライフル銃で撃たれ、聖母マリアの右胸に大きな銃弾の痕が空いたという。それをギャラリーの修復師を中心として世界中から集められたスタッフで構成されたチームが見事に復元したそうだ。自分も学生時代、英国に二学期間語学留学した際にこの絵を観ている。週末やクリスマスに訪ねていた友人の家族のお母さんが、ある日の午後に連れて行ってくれた時だ。元々レオナルドの絵は好きなのでこの絵も存在は知っていたが、この絵は実際に油絵を描く以前の下絵で(結局この構図の絵の完成品は描かれなかったようだが)これ自体も部分的に未完成なのにもかかわらず、人物の表情、特にマリアの表情に何とも言えず引き付けられて、一度観た後もまた戻って観直した記憶がおぼろげにある。前述の事件があったのが'87年、修復が始まったのがその翌年あたりらしいので、そのほんの数年後に自分が観たこの絵は既に修復が完了して再び展示されていたものだったのだ。
数多くの名画を所蔵する英国の国立美術館の収蔵絵画、それも美術史の中でも巨匠中の巨匠レオナルドの作品が意図的に破損されたと言うのは世界規模の大ニュースだし、事件当時当然日本でも大きく報じられたはずだ。多分わたし自身もまず間違いなく耳にしていただろう。けれども実際この番組を見るまでそんなことは全く思い出しもしなかったし、もちろん10年あまり前に実物を観た時もそれが修復後のものだなどとは夢にも思わなかった。今回たまたま早い時間に起きていて番組を見なければ、今後も知らずにいたかも知れない。ひょっとしたらギャラリーのどこかに経緯が書かれていたのかも知れないが、少なくとも上に張ったギャラリーの公式サイト内の絵の説明頁には事件に関する記述は一切ない。それを耳にした時に驚いたり衝撃を受けたりするニュースや事件は日常生活の中に沢山あるが、自分が何かの形で実際にそのニュースに関連した人や物と個人的な繋がりを持たない限りいつまでも記憶に留まるのはほんのわずかなのだなと思う。
自分の観た絵があれほどひどく傷つけられた後に修復されたものだった、と知った時は何とも不思議な気分になった。何も手を加えられない状態のオリジナルの絵が観られなかったからではなくて、事件のことなど全く思わせないほど完全に修復され何もなかったかのように展示されていて、何も知らずに観た自分に事件以前にその絵を観た数え切れない人達と同じように「レオナルドの絵」として強い印象を与えたのだ、ということがむしろ衝撃だったのだと思う。絵を保護していた強化ガラスの粉々になった破片を注意深く吸い出し、飛び散った画材の破片や繊維を集めてパズルのように元の場所に戻してつなぎ合わせ、木炭で間を埋める。そういう気が遠くなるような作業も費やされた膨大な時間(と費用)も表に出さず、ただ他の展示作品と同じように静かにそこに絵は飾られていた。当時は世界中の美術界を震撼させたであろう事件は綺麗に忘れてしまっていた記憶力の乏しい自分だが、今回聞いたあの絵の背景については今後も忘れないだろうと思う。衝撃的な事件の被害に遭った絵としてではなく、絵にも鑑賞者にも多分レオナルド本人にとっても、多くの知恵と技術と努力を費やして画家本人が描いたと同じ姿で蘇り後世の人達にも感銘を与え続けることが可能になった「幸運な絵」として。
何百年も前の風俗や思想、作者自身の考え方を眼に見えるものとして表現した美術品を最善の状態で受継ぎ存続させるということは、国の威信とか歴史的(あるいは金銭的)価値というようなもの以前に作品としてそれが伝えるものをあるがままに提示し続けるということなのであって、今回取り上げられた修復師や美術館のスタッフはそのことを一番よく心得、一枚の絵を観て何かを感じるということの価値を知っている人達なのだろうと思う。全部観ようと思ったら一日では回り切れないギャラリーに他の用事を済ますついでのように「わたしのお気に入りの絵を見せたいから、ちょっと寄ってみましょう」と連れて行ってくれた友人のお母さん、広く落ち着いた色調の展示室の真ん中に据えられた椅子から周囲の壁に飾られた絵をゆっくり見渡したり、どれか一枚の絵を目指して歩いてくるとそれが見える位置に座ってずっと眺めている人達、わたしのすぐ後ろに立って静かにターナーの風景画を見上げていて、邪魔になっていたかと「すみません」と謝ったら眼は絵に向けたまま「いやあ、構いませんよ」と答えた初老の男性などを思い出しつつ、自分もまたあそこに絵を観に行きたくなった。
番組でも紹介されていたが、現在ナショナル・ギャラリーのミュージアム・ショップでは収蔵作品のプリントが買えるプリント・オン・デマンド(Print on Demand)というサービスを取り入れているらしい。単なるポスターではなくかなり精巧なデジタル・プリントで、そのままの状態で90年とかの期間保存できるとか。これは今度機会があったらぜひ...と思ったら何とオンラインでも受け付けているそうな。上の公式サイト左側のメニューのON-LINE SHOP SITE頁>Creata Your Own>Print on Demandで好きな作品が選べる。価格は10ポンド(約2,000円)から。注文しちゃおうかな...
数多くの名画を所蔵する英国の国立美術館の収蔵絵画、それも美術史の中でも巨匠中の巨匠レオナルドの作品が意図的に破損されたと言うのは世界規模の大ニュースだし、事件当時当然日本でも大きく報じられたはずだ。多分わたし自身もまず間違いなく耳にしていただろう。けれども実際この番組を見るまでそんなことは全く思い出しもしなかったし、もちろん10年あまり前に実物を観た時もそれが修復後のものだなどとは夢にも思わなかった。今回たまたま早い時間に起きていて番組を見なければ、今後も知らずにいたかも知れない。ひょっとしたらギャラリーのどこかに経緯が書かれていたのかも知れないが、少なくとも上に張ったギャラリーの公式サイト内の絵の説明頁には事件に関する記述は一切ない。それを耳にした時に驚いたり衝撃を受けたりするニュースや事件は日常生活の中に沢山あるが、自分が何かの形で実際にそのニュースに関連した人や物と個人的な繋がりを持たない限りいつまでも記憶に留まるのはほんのわずかなのだなと思う。
自分の観た絵があれほどひどく傷つけられた後に修復されたものだった、と知った時は何とも不思議な気分になった。何も手を加えられない状態のオリジナルの絵が観られなかったからではなくて、事件のことなど全く思わせないほど完全に修復され何もなかったかのように展示されていて、何も知らずに観た自分に事件以前にその絵を観た数え切れない人達と同じように「レオナルドの絵」として強い印象を与えたのだ、ということがむしろ衝撃だったのだと思う。絵を保護していた強化ガラスの粉々になった破片を注意深く吸い出し、飛び散った画材の破片や繊維を集めてパズルのように元の場所に戻してつなぎ合わせ、木炭で間を埋める。そういう気が遠くなるような作業も費やされた膨大な時間(と費用)も表に出さず、ただ他の展示作品と同じように静かにそこに絵は飾られていた。当時は世界中の美術界を震撼させたであろう事件は綺麗に忘れてしまっていた記憶力の乏しい自分だが、今回聞いたあの絵の背景については今後も忘れないだろうと思う。衝撃的な事件の被害に遭った絵としてではなく、絵にも鑑賞者にも多分レオナルド本人にとっても、多くの知恵と技術と努力を費やして画家本人が描いたと同じ姿で蘇り後世の人達にも感銘を与え続けることが可能になった「幸運な絵」として。
何百年も前の風俗や思想、作者自身の考え方を眼に見えるものとして表現した美術品を最善の状態で受継ぎ存続させるということは、国の威信とか歴史的(あるいは金銭的)価値というようなもの以前に作品としてそれが伝えるものをあるがままに提示し続けるということなのであって、今回取り上げられた修復師や美術館のスタッフはそのことを一番よく心得、一枚の絵を観て何かを感じるということの価値を知っている人達なのだろうと思う。全部観ようと思ったら一日では回り切れないギャラリーに他の用事を済ますついでのように「わたしのお気に入りの絵を見せたいから、ちょっと寄ってみましょう」と連れて行ってくれた友人のお母さん、広く落ち着いた色調の展示室の真ん中に据えられた椅子から周囲の壁に飾られた絵をゆっくり見渡したり、どれか一枚の絵を目指して歩いてくるとそれが見える位置に座ってずっと眺めている人達、わたしのすぐ後ろに立って静かにターナーの風景画を見上げていて、邪魔になっていたかと「すみません」と謝ったら眼は絵に向けたまま「いやあ、構いませんよ」と答えた初老の男性などを思い出しつつ、自分もまたあそこに絵を観に行きたくなった。
番組でも紹介されていたが、現在ナショナル・ギャラリーのミュージアム・ショップでは収蔵作品のプリントが買えるプリント・オン・デマンド(Print on Demand)というサービスを取り入れているらしい。単なるポスターではなくかなり精巧なデジタル・プリントで、そのままの状態で90年とかの期間保存できるとか。これは今度機会があったらぜひ...と思ったら何とオンラインでも受け付けているそうな。上の公式サイト左側のメニューのON-LINE SHOP SITE頁>Creata Your Own>Print on Demandで好きな作品が選べる。価格は10ポンド(約2,000円)から。注文しちゃおうかな...

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