洋食初めて物語2006/11/10 23:22

NHK教育で放送されている『知るを楽しむ』は結構面白そうなテーマが多くて気軽に見られて何となく雑学が身につくようなつかないような、て気楽さが好きでよく見る。と言っても「つけた時やってたら」て程度だけど。昨日つけたら『西洋料理と日本人』というテーマを取り上げたシリーズが始まったところだった。食べる話じゃ消せないなあ(消せないんです)、とこちらも遅い夕食を食べつつ見ていたら、たまたま4回シリーズの第1回目だったので「日本人が初めて出会った西洋料理」の話だった。で、その初めての西洋料理が何かと言うと、牛肉のパエリアなんだそうな。安土桃山時代に宣教師フランシスコ・ザビエルと共に入ってきたキリスト教が広まって日本人の信者が増えてきた頃、日本で初めての「復活祭」が行われたそうで、そこで宣教師達が400人の日本人信者に振る舞ったとか。当時の宣教師はポルトガルとかスペインから来ていた人が多かったのだろうし、そっちの地方の料理だろうとは思ったが、初めての西洋料理がパエリアだったとはー。宣教師の人達も「米料理なら日本人にも馴染みがあるだろう」とか色々考えたのかな。

実際の資料の記述では、宣教師が書き記した「雌牛一頭を買ってその肉を米と一緒に煮て供した」程度だったらしいのだが、これを当時の情況を考慮しつつ銀座のフランス料理店のシェフが再現していた。当時は油がかなり貴重なものだったということで、使うのは牛肉の油だけ。玉葱とか人参とか野菜類をみじん切りにしたものも一緒に炒めていた。パエリア鍋だとくっついちゃうし浅いので大量の米が充分に蒸らせない、てことで土鍋で調理。で、サフランで黄色く染める。おおーパエリア。その復活祭が行われた地元(平戸だったかな...済みません忘れました)では現在でもえーとクチナシだったか(これもうろ覚え)、日本にもある黄色い色の出る材料を使ってご飯を染めた「黄飯」とかいうものがあるそうで、それがこの復活祭のパエリアの名残りではないかと言われているとか。ふーんふーん。本場のパエリアと比べると日本の炊き込みご飯により近い感じだったであろうということだったが、なんかおいしそう。牛肉を鶏に変えて今度やってみようかな。こんな時のストウブですよ。新しく買った本にもパエリアの作り方が載ってるし。

ところで、サフランは当時も本物を使ったんだろうか。それこそ貴重とか言う以前に当時の日本には絶対なかったと思うけど、これは本国から持ってきてたとか?少量で色づくとは言っても400人分の米に色をつけるには結構な量が必要だろう。ポルトガルやスペインの宣教師達の間で「日本に行くならサフランを忘れるな」が合言葉だったり。遠い異国の地で食べる故郷の料理は力の元ですよということで。

で、その後の鎖国時代を経て1853年に米国のペリーの黒船が浦賀に来航して開国を迫り、横浜で交渉が行われることになった前夜、ペリー一行は江戸幕府の役人70人を船に招待してフランス人シェフが腕によりをかけた料理と酒類をたんと振る舞い、お侍さんたちの度胆を抜いたとか。この大宴会のお陰でペリーは翌日の交渉を有利に運んで和親条約締結に成功した、という話だった。日本人、食べ物で懐柔されたですか。て言うか日本側は皆二日酔いで使い物にならなかったのでは。飲み慣れないワインだし。武力で開国を迫っただけかと思ったら、ぺるり頭いいですね。「開国したらまた珍しいご馳走が食べられるかも♪」と思った江戸幕府の高官も絶対いたに違いない。アメとムチってこういうことなのね。

華やか(?)な料理の話題の後にまた地味な写真で失礼。ごはん作るのにあまり時間をかけたくない場合(普段もかけてないけど)こういう鍋に放り込んでちょっと煮ればオッケーみたいなのとご飯で丼にします。この時はいつもの豆腐がなくて仕方なく違うのを買ったけどやっぱりいつものがおいしいなあ。有機栽培大豆だからって必ずしもおいしいわけでもないのが食べ物の難しいところ。ちなみにいつも買っているのは有機栽培&非遺伝子組替え大豆の豆腐。